問題です。会社を売るのは、社員の〇〇のためでしょうか?

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いよいよベテラン社員3人に、会社売却を伝える日がやってきた。

会議室のテーブルをはさんで、向こう側にベテラン社員が3人、

私の右側には、仕入先の経営渉外スタッフ、Oが控えていました。

いよいよ、ベテラン社員に会社の売却を伝える日がやってきたのです。

「実はね、仕入先から大きな要望があってね。
これからの売上目標が、今の目標の数倍に設定されることになったんだ。
その目標がクリアできれば、今の利益は増えることになる。
逆にクリアできなければ利益が減るということ。
仕入先からは、現状のままではなく、もう一段上を目指す会社になってほしいという、これは前向きな要望なんだ・・・」

私は、社員になるべく大きなショックを与えないようにと、独特な経営用語は避け、理解しやすい言葉で、前向きに話すように心がけました。

そして、仕入先からの要望に応えるためには3つの選択肢があり、どれを選ぶか、3人のベテラン社員の意見を聞きたいと、今回の会議の趣旨を伝えました。

①今の仕入先以外の仕入先とも契約し、商品の数を増やして売上増を図る。
②利益率の高い他の事業も手掛ける。
③会社を同業の会社に売却し、仕入先の要求に応える。

①と②なら、仕入先の要望には応えられず、独自路線を歩むことになります。

③なら、仕入先の要望に応えられる可能性は大きくなります。

③の話になった時、営業スタッフが興味深そうに身を乗り出してきました。

「僕は、バブル・リーマンショックの時のように、もう社員には辞めてほしくないんだ」

私は、社員の心に変なバイアスがかからないように、その日は売却先候補の社名は伏せることにしていました。

そして、実は、会社の将来に向けた、もうひとつの選択肢があったのです。

それは、社員を半減することでした。

(今回、人員整理をしたら、バブル、リーマンの二の舞、いや、三の舞になる。そんなことはしたくない・・・)

それが私の正直な気持ちでした。

しかも、リーマンショックは、つい3年前の話だったのです。

とはいうものの、ことの重大さを伝えるためには、避けて通るわけにはいかない話でした。

「現状のまま、社員を半減するという方法もあるけど・・・僕はもう、社員に辞めてほしくないんだ!」

(そう、社員の成長のために事業承継するんだ)

(社員のために会社を売却するんだ)

3人の表情が引き締まっていくのが分かりました。

何かあるに違いない――そう思いながら、3人とも会議の席に臨んだのでしょう。最初から、室内の空気は緊張感でみなぎっていました。

「会社の将来を決める大事な話なんだ。
今のがくさん(私のあだ名)の話をどう思うか、自分にとって何がいいかという視点でいい。忌憚のない意見を言ってくれ。
がくさんも受け止めると言っているから、正直に話してくれて大丈夫だよ」

Oが初めて口を開きました。
ここからはOにバトンタッチです。。

「社長の下で、これからもやっていきたい」

営業のベテラン社員が、しばらくの沈黙の後、口火を切りました。
伏し目がちに、私の方に顔を向けながら・・・。

その両脇のベテラン女性社員2人が、同時にうなずきました。

(そうか・・・嬉しいけど、本音は違うところにあるかもしれない・・・)

私はホッとする一方、不安もこみ上げてきました。

「社長のもとで、これからもやっていきたい」とは言うものの・・・。

その日を皮切りに、計3回の意見交換が行われました。。

「社長のもとで、これからもやっていきたい」

3人のベテラン社員の意見の前提には、必ずと言っていいほど、この言葉が見え隠れしていていました。

私への遠慮もあったのでしょう。

長年つき合ってきただけに、家族的な人情にほだされてもいたのだろう。

「今の仲間とこれからも一緒に仕事をしていきたいけど・・・仲間が増えるのは嬉しい」

1人は、そう言ってきました。

会社の売却先は、まだ伝えていませんでした。

ただ、当社よりも規模の大きい会社ということは伝えていました。

うちは15人、H社長の会社は40人、同業ということもあり、年齢構成もほぼイーブン。双方とも、20~30代中心の会社でした。

当然、仲間は増えることになります。

その社員は、そこに着目していたようです。

「今のままの仕事で満足だけど・・・専門性も磨きたいし、出世して給料も上げたい」

1人は、そう言ってきました。

その社員は、複数の仕事を一手に引き受けて仕事をしているため、一番やりたい仕事に集中できていないことに不満を持っていたようです。

2社がひとつになれば、規模が大きくなります。

H社では、同じ仕事をしている社員が在籍していることもあり、ひとつの仕事に集中できます。

つまり、専門性を磨けるわけです。

専門職として成長できれば、会社でなくてはならない存在になります。

出世と給料アップを、現実的な絵として描くことができるというわけです。

「社長の下でやっていきたいけれども、他の商品も扱うことになると、力が分散してしまう。できたら、今まで通りの商品を扱って、売上を増やしたい」

ひとりは、そう言ってきました。

これは、言わずもがな、はっきりと、売却の方に軍配を上げています。

「少しは、会社売却に反対してほしい」という【ないものねだり】の心境とは。

私の中では、既に9割方、会社を売却するという意思固めをしていました。

「社員のために・・・」という目的で思案した末、それが選択肢の中で一番ベストと思ったからです。

3人の意見も予測の範囲内でした。

・・・とはいえ、私は何とも言えない寂しさに襲われました。

「少人数でもいいから、今の体制で乗り切りましょう!」
「何でもやりますから、任せてください!」
「どんな商品でも売りますよ!」

そんな答えを予測していたわけではありませんが、一言でいい。

「社長のもとで〇〇を!」という言葉が、嘘でもいいから一言ほしかった・・・。独自路線を歩もうとする、1割の思いがほしかった・・・。

はっきり言って、これは私の【ないものねだり】でした。

なぜなら、仮にそんな言葉が出てきたとしても、

「君たちの好意は嬉しい。でもね・・・」と、会社を売る方向に社員を誘導していったのは間違いのないことでしたから。

自分はこんなに面倒くさい人間なんだと、久しぶりに思った瞬間でした。

会社の将来性、安定性、企業規模・・・それはベテラン社員なら当然求めるもの

・ベテラン社員の3人の中で、既に2人は結婚していて、1児の親でもありました。
・1人はもうすぐ、結婚することになっていました。

社員1人1人が長年仕事する中で、自分だけの大事な家庭を作り上げてきたのです。あるいは、作り上げようとしていました。

若くて単身で私についてくる時代はもう終わったのだと思い知らされました。

彼らには彼らの生活があったのです。

会社の将来性、安定性、会社規模――生活者が仕事をしていく上で、これは、働く上でとても大事な要素なのです。

「がくさん、そろそろ決める段階ですね」

Oに私の寂しさが伝わったのか、感傷に浸る私を、彼は現実に引き戻してくれました。

「・・・会社を売ることにするよ。その方が、君たちの成長のためだから」

私は、当分口止めすることを条件に、相手がH社長の会社であることを打ち明けました。

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