信用ゼロの私の会社を「信頼力」で救ってくれた銀行員の奇跡

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「融資(借金)の移し替えはできない」と、病気の父を担保にされた悲しみ

会社を設立して、3年が経とうとした時、バブルが弾けました。
いまからちょうど30年前のお話です。

当時、3Kと呼ばれた広告費、交通費、交際費の頭文字を取り、真っ先にコストダウンする3つの費用のひとつ、広告費を生業としていただけに、経営難はすぐ訪れました。

将来に不安を感じた社員は1人、2人と退職していき、1年もたたず10人程いた社員が3人に減っていきました。

給料がいちばん大きな経費であっただけに、経費は抑えることはできましたが、それ以上に肝心の収入が激減状態の中で、もっともっと経費を抑える必要がありました。

まずは3分の1ぐらいの広さの事務所に移転しました。

いちばん大きかったのは、当時受けていた都銀からの数千万円の融資。
その返済が重く肩にのしかかってきました。

場所を変えたこともあり、都銀の支店も変えようと思って、最寄りの支店に赴き、その旨を話すと、

「何か保証できるもの、担保にできるものはありますか?」

と、唐突に切り出されました。

「同じ銀行なのに、支店間で融資の移し替えはできないのですか?」

「保証や担保がないとねえ・・・お父さんの年金はどうですか?」

「・・・大丈夫ですけど、手続きは?」

「ここに連れてきてほしいのですが」

「父はいま埼玉県にいて、病気がちのため、ムリです」

「・・・それなら、融資の移し替えはできません」

概ね、こういうやりとりでした。

もちろん、その窓口の担当に対する恨みは一切ありません。
自分の経営力の欠如で苦境に陥ったわけですから。

あるとすれば、前任に渡した重要書類を、前任が異動の際に紛失し、謝罪もなかったこと。さすが、これにはびっくりさせられました。

銀行員でありながら、信用を失った私の将来に賭けてくれた喜び

1カ月ぐらい後、友人の会社に訪問したところ、Iさんという、信用金庫の営業スタッフが訪れていました。

移転前の事務所の時、その信用金庫の融資係だった人です。

「久しぶりです」

私は、Iさんに窮状を伝えました。

「私が動いてみます。〇〇と□□の資料をご用意ください。何度かお会いし、将来性があると思っていましたので、何とか当行でお引き受けできるようにします」

泥沼に蓮の花が咲いたような感覚でした。
一筋の光が見えたのです。

しばらくして、融資が下りたとの吉報が入り、その信用金庫に借金の返済を肩代わりしてもらうことになりました。

Iさんは命の恩人です。
それに応えるためにも、夢中になって汗を流し、数年後に借金を完済することができました。

お金が必要な時、起業の時、借金を抱えた時、頼れるのは、自分自身と自分を応援してくれる人の存在です。

「信用」は過去の実績が担保、「信頼」は未来への投資

銀行は信用取引です。
信用を得るためには過去の実績と差し出す担保が必要です。

Iさんは、銀行員でありながら、信用を失った私に将来の可能性を感じ、借金の移し替えを提案し、行動してくれたのです。

銀行の世界でいったら、なんと無謀なことだったでしょう。
きっとそれは、私への信頼からの行動だったのだと思います。

信用は過去を担保にする一方、信頼は未来を担保にします。
Iさんは私の未知の未来を信頼し、それに賭けてくれたのです。

この前、久しぶりにIさんと電話で話すことができました。
Iさんは支店長としていまも大活躍されていることが分かりました。
うれしい限りです。

私もそろそろ年金を受け取る年齢に近づきつつあります。

先日、私はIさんの信用金庫に伺い、Iさんの信用金庫を通じて年金を受け取れるよう手続きをさせていただきました。

Iさんへの感謝を込めて。
有り難う(^-^)Iさん。