もうすぐお盆。かつて親は永遠にそばにいるものと思っていた

father-mother

夢の中に、父と母が出てきた。

詳細はおぼろげだが、

 「どうしたの?」
母にそう言われたような気がした。

「大丈夫だよ」
父にそう言われたような気がした。

夢から覚めて、秋田のマタギの里で暮らしていた少年時代の出来事を思い出した。

両親と山に行ったことがあった。

日本は、高度成長期の真っただ中。
都会の建設ブームによって、杉の木が、国内の需要に追いつかないぐらい、重宝されていた時代。

父は、地元の製材所で経理部長をしていた。
時々、東京に出張することもあった。¥
その時は、東京土産が待ち遠しかったものだ。

そんな「杉の木ブーム」の潮流に乗って、山を購入する人間が後を絶たなかった。山を買って、杉の木を植え、大きく成長したら売るのである。

父は、近所の人間たちと協調しながら、山を買ったのだが、人がいいと言ってしまえばそれまでだが、山の頂上付近を買うことになってしまった。

その日の目的も、植えた杉の木の成長を確認するためだった。
山頂までは遠かった。

途中、山のふもとで、大きな「おむすび」を頬張る。
秋田では、疲労回復の源は塩。
その塩をたくさんまぶした、母の握った御結びは、美味しかった。
酸っぱい梅干とも、よく合っていた。

母は山菜を採りながら、父はキノコ狩りをしながら、山頂を目指した。

・・・ふと、周りを見回すと、父も、母もいない。
私は焦った。

「父さん!母さん!」

大声をあげてみるが、応答はない。
私は不安になって、一目散に山を下りようとした、

川を伝って山を降りなさい・・・幼い頃から教えられてきた、迷子になった時の対処法だけは覚えていた。

嗚咽まじりで、大声を張り上げながら、走った。

もし、ひとりになったら、もし両親が自分の前から姿を消したなら・・・そんな恐怖にさらされながら、走った。

程なく、とは言っても、私にとっては相当長い時間に思われたのだが、二人の声に救われた。

「どうしたの?」
山菜を採っていた母に声をかけられた。

視線の延長線上で、父が笑っていた。
「大丈夫だよ」

私は、ホッとして、改めて泣き始めた・・・。

少年の頃は、永遠に、両親は自分のそばにいるものと思っていた。
これを、マザコン、ファザコンと呼ぶのだろう。

もうすぐお盆がやってくる。
両親が亡くなって26年。
もう、そんなになるんだね。

恋しさは今も変わらない。