短編小説『人生は1日で動く』

human-relations

短編小説を書いてみました。
読んでもらえたら嬉しいです。

第1章     父と娘の親子ゲンカ

「私の父、うるさいんですよ。就職浪人で今フリーターをしている自分に、顔を合わせるたびに、ちゃんと働けと・・・」

ユキは、2人に向けてグチり出した。
そして、ジョッキに残った生ビールを一気に飲み干した。

今朝、父とケンカして外に飛び出した光景がよみがえる。

ユキは22歳。大学を卒業したばかりだが、周りと同じように就職活動をするでもなく、何とかなるさと、短期バイトで食いつないでいるような状態だった。
とはいえ、50歳そこそこの父と一緒の一軒家に住み、生活で汲々とすることはなかった。

中学に入学してしばらくすると、ユキの母は不慮の事故で他界し、それからは父と娘一人の生活。父の身の回りの世話は、なるべくユキがするようにしていた。

母がいない分、自分が娘を社会人としてしっかり自立させなくてはいけない。
そんな思いから父が口うるさくなることは分かる。
感謝はしているものの、もう少し放っておいてほしい。
わがままだが、それがユキの気持ちだった。

「今朝、もう出ていくと言って、家を飛び出してきたんですよ」

「それは大変だったね」
2人のうちのひとりの男性が同調してくれた。

「自立してほしいとお父さんが願っているんだったら、家を出ちゃえばいいじゃない」
2人のうちのひとりの女性が背中を押してくれる。

「そう、いい機会かもね」と男性。

「そうなんですが、父を一人にするのがかわいそうで・・・それに、今やっと就職活動を始めたばかりで・・・」

男と女は顔を見合わせて、うなずき合った。

「ここに呼んじゃいなさいよ。私も彼も社会人で、一応会社勤めをしているから、就職相談に乗ってもらっているとでも言って」と女性。

「そうそう。お父さんを思う気持ちを本人に話してみたら?これからしっかり働くことも合せてね」と男性。

2人のアドバイスで、ユキはとっさにスマホを取り出した。
「そうですね。父をここに呼びます」

ここは場末のこじんまりした居酒屋。
親子喧嘩の憂さを晴らそうと衝動的に入ったお店。

中央が出っ張ったアーチ型のカウンターの空いた席に座ったところ、両隣にひとりの女性とひとりの男性が座っていた。

女性の名前はメグミ。
29歳のOLという。

男性の名前はシンジ。
28歳のサラリーマンという。

飲みながら、負のオーラをまとった両隣の気配を感じていると、メグミの方からユキに話しかけてきて、途中でシンジが話に加わってきたというわけだった。

目をボックスに移すと、4人掛けのボックスが3つほど空いている。

「父が来たら、ボックスで話をしますので、途中参加してもらえませんか?」

第2章 上司からの大きな叱責

「今度は、ぼくの話を聞いてくれる?」
シンジは、ユキとメグミにハイボールを1杯ずつオーダーしてあげた。

「僕ね、午前中に社長から長時間叱られたんだよ。自分のお客さんへの対応不足なのは分かる。でもね・・・」

シンジは、午前中に起こった出来事を話し出した。

シンジが勤めている会社は、10年そこそこのIT系ベンチャー企業で、年々急カーブで成長している。
シンジは設立3年目に入社。自社開発の新システムを多くの中小企業に案内して、業績も伸ばしてきた。

ところが今日、A社の社長への対応が悪いと、出社してすぐコンコンと説教されたのだった。

「自分のいたらなさは分かる。でもA社の社長との関係は悪くないはずなんだ。営業時間2時間つぶしてまで叱られることじゃないはずなのに・・・」

シンジの怒りは再燃していた。

「会社に貢献しているのに、理不尽な社長だね」
メグミが同調する。

「社長をここに呼びましょうよ。シンジさんをどう評価しているのか聞いて、納得いかなかったら辞めちゃえばいいのよ」
ユキがあおり立てる。

2人の話に刺激を受け、シンジはとっさにスマホを取り出した。
「そうだね。社長をここに呼ぶよ。ボックスで話すから、必要な時は途中で加勢してほしい」

第3章     彼女がフラれた理由

「今度は私の番。ちょっと重い話かもしれないけど、聞いてくれる?」
メグミは一口ハイボールを口に含み、ごくりと飲み込んだ。

「実はさっき、愛する人にフラれたの・・・でも何が理由なのか分からなくてね。街をふらふら歩き、気づいたら、このお店に入っていた」

メグミは、大手商社の受付事務として7年ほど勤務しているOLだった。
事務職としてはベテランの域に入っていた。
結婚願望も強くなっていた。

ある時、会社を訪れた中小企業の社長と、偶然何度か街でバッタリ会い、食事するようになり、いつしか恋愛関係に発展していた。

もうかれこれ3年ほどのつき合いになる。

「今日、いつもの喫茶店で落ち合ったの。そこで話があると言われてね。てっきり結婚の話かと思ったら、逆だったの」
メグミは言葉に詰まった。
これ以上話すと涙が出てきそうだった。

それを察知したかのように、シンジが言葉をつないだ。
「別れを告げられたんだね。それはショックだったね」

「・・・そう、僕は君に不釣り合いだと・・・」

「3年付き合っておいて、何が不釣り合いだというのよ!」
ユキは自分ごとのように激昂していた。

「このままじゃいけないよ。彼氏をここに呼んで、理由をはっきりさせたらどう?」
シンジからの提案だった。

「そうよ。理由次第では、今度はこっちからフっちゃえばいいのよ」
ユキはますます意気盛んだ。

2人のアドバイスで、メグミはとっさにスマホを取り出した。
「うん。彼をここに呼ぶ。ボックスで話すから、応援してね」

最終章 巡り巡って 

ノボルは、ユキに指定された居酒屋のドアを開けた、

ユキは4人掛けのボックスの向こう側に座っていた。
ノボルと目が合った。

アーチ型のカウンターと4人掛けのボックスが5席あるこじんまりした居酒屋。
カウンターにもボックスにも、チラホラ人影が見えた。

「ユキ・・・」
ノボルがそう口にする間もなく、ユキが話を切り出していた。

「お父さん、私ね。今ちゃんと就職のこと、考えているのよ。私だって自立したい。だから、今朝言い合った時、思わず出ていくと言ってしまったの」

ノボルはどう受け答えしていいか分からず、ユキを黙って眺めていた。

「でもね。お父さんをひとりにするのが心配なの。彼女がいるんだったら別だけど・・・」

ノボルはユキの言葉に驚いた。
「どういうことだ?」

「そういうことよ。お母さんも私もいなくて、お父さん、ちゃんとひとりで生活していけるの?」

ノボルは、まさか娘からそんな話を聞くとは思っていなかった。
寝耳に水とはこのことだと思った。
(確かに、彼女はいた・・・)

「それに会社の方は大丈夫なの?将来はどうするの?私は継げないよ」

これもノボルにとっては大きな問題だった。
(継げる人間はいる。でも・・・)

「ユキ、悪かった。ユキがそんなにお父さんのことを考えてくれてるなんて思っていなかった。お父さんはね、ユキをしっかりさせないといけないと思って・・・」

「わかってる。伝わってるよ。でもね、まずはお父さん、自分のことを考えてほしいの」
ユキはノボルに最後まで言わせず、言葉をつなげた。

ふと、ノボルはそばに人の気配を感じた。

そこには、自分の会社の社員のシンジと、さっき別れたばかりのメグミが立っていた。

どれだけ沈黙が続いたろうか。

「ノボルさん」
メグミはそう呼びかけ、ノボルの隣の席に座った。

その動きに合わせて、シンジはユキの隣りに座った。
「社長」
シンジはそう呼びかけるのが精いっぱいのようだった。

ユキは代表して、この居酒屋で出会った3人の会話をかいつまんでノボルに説明した。
怒りの対象が、実はノボルひとりだったという驚きも含めて。

ノボルはユキの話を聞きながら、質問はせず、心を鎮静化することに気を集中させた。

説明が終わった時、4人の間に漂っていた暗雲は、ひとまず取り払われていたようだ。

今度はノボルが話す番だった。
説明責任とはこういうことかとでもいうように。

「ユキ、シンジ君、メグミさん、悪かった。あやまるよ、この通り」
ノボルは頭を下げ、話を続けた。

「今日の朝、ユキとケンカしてね。家を出ていくと言われ、頭に血が上ったまま会社に行ったんだ。そこにシンジ君がいた。日頃からこうした方がいいということを、A社の社長への対応を例に話そうとして、ついつい叱り口調で話してしまった。大人げなかった。反省しているよ、シンジ君」

そしてノボルは、シンジが次期後継者候補として、いちばん大切なベテラン社員であることも力説した。

「メグミさん、あなたと別れようなんてこれっぽっちも思っていなかった。でも、20歳以上の年の差。将来を考えると、今離れた方がメグミさんのためになると・・・。それに娘もいる。まずはユキをしっかりさせなくちゃいけないと言い訳を作っていたんだ。自分の本当の気持ちを君に伝えられなかった。傷つけてしまったね。ゴメン、メグミさん」

そしてノボルは、メグミとずっと一緒に生きていきたいというのが本心であることを、二度三度と言葉を変えながら訴えた。

・・・4人は、その日を境に、公私ともにひとつになる道を歩むことになった。