「愛の会社エグジット」への道 第3話 「一緒になったら面白いかもね」最初は冗談のつもりだった

good-feeling

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私が会社を第三者に事業承継したのは会社を経営して25年経った時でした。

その間、会社を倒産の危機に追いやったことが2回ほどありました。

応援してくれていた両親が立て続けに他界しました。

複数のベテラン社員を後継者として育成しようとしましたが、ことごとく失敗しました。

そして、ふとしたことがきっかけとなり、1年後には会社を売却することになったというわけです。売却に至るまではさまざまな葛藤がありました。

今回は、シリーズで、そのてんまつを小説仕立てでご紹介します。

読んでいただけたら幸いです。

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「仮に一緒になるなら」その話は当社を買うことを前提に

同業のH氏に会ったのは、仕入先からの高い要求のあった後、会社の将来に暗雲が立ち込めている最中のことでした。

2人は、お互いの会社の中間地点のファミリーレストランで落ち合いました。
ランチタイムの終わった午後2時過ぎでした。

「久しぶりだね」という私の言葉に、いつもは野性的なスマイルを見せるHでしたが、その時は、心持ち元気がありませんでした。

Hは、私より2歳年下。社歴は当社より短いのですが、後続ながら経営手腕に優れていて、私と違い、数字に滅法強い男でした。

珈琲をひと口口に含んだ後、Hは口を開きました。
「今回の仕入先からの話、当然耳に入っているよね。どう?」
Hは探りを入れてきました。その言葉尻から不安が読み取れました。

「はっきり言って、会社を180度変えない限り、要望に応えられそうにない」
私は正直に悩みを打ち明けることにしました。

Hとはカラオケの趣味が一緒で、定期的にスナック通いをしていた仲でもありました。年齢もほぼ変わらず、同年代なので歌う歌も似通っています。
利害関係を抜きにした情報交換を頻繁にしていたこともあり、人となりは以前から分かっていました。

私は、3年前に事業承継することを決断し、後継者育成に踏み切ったものの、失敗に終わったことを正直に話しました。

Hは、何度も頷きながら耳を傾けてくれました。

同業として、お互いリーマン・ショックの傷が癒え切っていない時でしたので、話の内容はHの同情を誘ってしまったようでした。

「大変だったんだね。うちもね・・・」
今度は、Hが自社の苦境を語り始めました。

今回の売上バーの大幅変更は、Hにとっても、大きな会社経営の変革を促すものだったようです。それもそのはず。後発ながら、当社の2倍以上の売上規模にはなっていたものの、事情は一緒だったのです。

「一緒になったら面白いかもね」

どちらから言い出したのか、今もって定かではありません。
最初は冗談半分のつもりだったと記憶しています。

しかし、言葉を発した瞬間、2人は神妙な面持ちになっていたようです。
そう、実は2社の売上を合計すると、最低基準の売上バーを超えることが分かったからです。お互い、そのことに初めて気づいたようでした。

会社エグジットのてん末は、このひと言から始まりました。
「仮に一緒になるなら」という条件付きで話は続きました。

その中で、私を悩ませる話が出てきました。
どちらを仕入先の窓口にするか、つまりどちらの影響力を大きくするかという話。具体的には、どちらが株を多く持つかということでした。

(51%の株取得者の権限は、天と地の差ほど大きいもの)

仕入先との関係上、前提として対等合併はできないことは周知の事実でした。

社歴はこちらが10年ほど上回り、年齢も上ですが、売上規模はHの会社の方が圧倒的に上。当然、一緒になるなら、私が株の売却側、Hが買収側になるのが自然の流れでした。

そして、話し合いの中で、Hは買収側の立場で話をしていることが分かりました。

「仮に・・・」とはいえ、私の眠っていたプライドがむくむくと表面に湧き上がってきました。

「・・・お互い、持ち帰って、じっくり考えてみようか」
私は、そのプライドを悟られないように、話をその時点で切り上げることにしたのです。

その時以来、1カ月ほどHと会うことはありませんでした。(続く)

☆第1話☆

「愛の会社エグジット」への道① 後継者育成、最初はうまくいくと思っていた

☆第2話☆

「愛の会社エグジット」への道 第2話 息子に「継ぐ?」と聞いた己の浅はかさ。そして寝耳に水の話

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