前回までの内容は、ベテラン社員との話し合い、新社長のスカウトについてでした。今回からは、相棒の顧問税理士とタッグを組み、相手方の社長とどんな交渉をしたのか、書き進めたいと思います。
同業同士の合併だからこそ、シナジー効果を最大化せよ。
「相手は、がくさん(吉田学のあだ名)の会社を、なぜほしがっているんでしょうかね?
いくら長年の友人とはいっても、買収するメリットを感じなければ、応じるわけはありませんから・・・」
顧問税理士のY氏は、身を乗り出し、私を諭すように、真剣な面持ちで語りかけてきました。
「がくさんも、同業の他の会社ではなく、なぜHさんの会社に売却しようとしているのか、まずは、そこを整理してみましょう」
わたしは、Yの質問に答えるかたちで、会社の売買の理由を整理してみた。
まず、2社とも一致している理由は、
「2社の売上高を合算すると、仕入先の方針に沿うことができ、今以上の利益が見込めること」
でした。
こちら側がH社に売却するメリットは――。
・社員を大事にしている点が同じ。社員全員を引き受けてくれるだろうと予測。
・Hが同業の社長の中で、一番数字に強い社長であること。
・後発企業でありながら、当社の2倍の売上と社員数を誇り、成長株の会社であること。
(2社合算の売上高は、地域内の業界の中で3~4位。大きな企業に飲み込まれることなく、足並みそろえて成長していける)
H社が、こちら側を買収するメリットは――。
・無借金経営をしていること。
・「お客様のそばで自己実現」の経営理念に共感していること。
・社員・顧客資産に魅力を感じていること。
上記のように整理できました。
「渋沢栄一の『論語と算盤』みたいですね。
がくさんは理念の人、Hさんは数字の人。
2つ合せたら、勾玉を合体させたようなパワーを発揮できそうですね」
Yは、その日初めての魅力的な笑顔を見せてくれました。
「こちらで主導権を握り、有利に交渉を進めましょう。そのためには、事前準備が大事です。今度、1年間に渡る手順書を作ってきますね」
次は、その手順書を見ながら話を進めることになりました。
私が一番気にしていたのは、Hに提案する売却額でした。
そのことをYに相談してみると・・・。
「もちろん、今度その話もしましょう。
ざっくり試算できる方法を伝えますから、がくさん自身が自分で査定してみてください」
私が戸惑っていると――。
「がくさんがリーダーシップをとること――そう言いましたよね」
真剣な表情で、Yは私を凝視した。
(頼もしい相棒だ)
「会社は大事な娘のようなもの」・・・交渉の極意はそれ以上でもなく、それ以下でもない。
「がくさん、交渉の場で大事なことは、何だと思いますか?」
第2回目の打ち合わせで、最初に顧問税理士のYから出てきた質問がこれでした。
「約束を守る。人のせいにしない。謙虚であること」
私が25年間、会社経営を続けて来ることができたのは、
人生の諸先輩方から教えられた、この3つの姿勢でした。
「・・・そうですね。基本はそれでいいです。」
「基本は?」
「そうです。私は、長年がくさんを見てきました。
確かに、社員資産と顧客資産は、その姿勢によって得たものです。
でも、今回の交渉は、一生に1回のものです。
前回も言いましたが、立場は対等です。決裂承知の強さを持ってください」
Yの言葉に、私は身の引き締まる思いがしました。
なぜ強さが必要か、Yの話を整理してみると・・・。
・売り手は高価で、買い手は安価で、と考える――これは当たり前の経済原則である。
・社員の成長のために売却するのだから、社員の受け入れを、最大の条件にすべきである。
・高付加価値の会社であることを、ロジカルにプレゼンすべきである。
・会社の弱点を突かれても、決して怯んではいけない。強味で押し返すべきである。
・お互いの歩み寄りはいいが、一方的な妥協はすべきではない。
私は、Yの「べき論」に息が詰まり、知らず知らずのうちに、ため息をついていました。
Yは、私の反応に苦笑しています。
「別に、がくさんを脅しているわけではないですよ・・・でもね、売却が成立したら、がくさんの手から、間違いなく、会社は離れていくんです。
「25年間、手塩にかけた娘が、お嫁に行くんですよ。
大事な娘の価値を値踏みされる場で、強さを持たなくて、どうするんですか?」
女性であるYから会社を嫁に例えて話されると、妙な説得力をもって胸に迫ってきます。
私はその時、しみじみ思いました。
(そうか、僕はこれから、会社を手放すんだ)
「分かったよ・・・でもね、僕には娘がいない。息子だけだよ」
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