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私が会社を第三者に事業承継したのは会社を経営して25年経った時でした。
その間、会社を倒産の危機に追いやったことが2回ほどありました。
応援してくれていた両親が立て続けに他界しました。
複数のベテラン社員を後継者として育成しようとしましたが、ことごとく失敗しました。
そして、ふとしたことがきっかけとなり、1年後には会社を売却することになったというわけです。売却に至るまではさまざまな葛藤がありました。
今回は、シリーズで、そのてんまつを小説仕立てでご紹介します。
読んでいただけたら幸いです。
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会社を売る目的は、すべて自分の利害のため?
「会社を売ることになったよ」
社員にそう伝えた場合、少なからず動揺を与えてしまうに違いありません。
モチベーションが下がって、退職者が出てしまう可能性もあります。それを防ぐためにも、営業から1名、制作から1名、事務から1名、長年会社に貢献してくれたベテラン社員に、今のうちに意見を聞いておきたい・・・私は3人を集めて話し合いの場を作ろうとしていたのです。
「がくさん、何のために、誰のために事業承継するんですか?」
私は、このOのダイレクトな質問に、あることに気づき、急所を突かれたように愕然としてしまったのです。
(・・・事業承継は自分のためだったんだ)
全ては自分の将来のため、自信のない自分の苦境から逃れるためだったと気づかされたのです。心の奥底に沈殿していた頼りない自分が、Oの質問で浮き彫りになってきました。
「がくさんを責めているわけではありませんよ」
私の愕然とした表情から、Oは何かを読み取ったようでした。
・・・一拍置いて、Oはさらに質問を加えてきました。
「僕が、がくさんと出会った時、既に会社の経営理念、作っていましたよね?」
「そう。ずいぶん前に作ったものだね」
私は気を取り直し、経営理念に思いを馳せていました。
『お客様のそばで自己実現。真心経営で幸せへの貢献』
「それは、どういう意味でしたっけ?」
Oは質問を被せてきました。
私は、悩みを解決するためにも、Oの話の流れに乗ってみることにしました。
「社員一人ひとりが、自分自身の成長のために、お客様の人材採用を、自分と自分の会社ができ得る手段を用いて、成功するまでお手伝いすること・・・そういう思いで作った経営理念なんだ」
私は、文節を区切るように、ゆっくりと話していました。
会社エグジットする理由が腹にストンと落ちた瞬間
「その経営理念に照らし合わせると、最初に戻りますが、がくさんは、何のために、誰のために事業承継するんですか?」
その時、私の中にストンと落ちてくるものがありました。
「社員の成長のために事業承継するんだ!」
そして、こう付け加えました。
「社員のために会社を売るんだ!」
私の声は大きくなっていたようです。
周りの酔客が、何事が起ったのかと、一斉に私たちの方に視線を向けていました。私とOは、馴染みの居酒屋のテーブルで差し向いに座っていたのです。
「がくさん、事業承継は経営理念と一体で捉えるべきです」
Oのその言葉に、私は腹落ちしました。
Oは、ベテラン社員3人との話し合いにファシリテーターとして加わってくれることになりました。
「正直な意見をもらえばいいと思います。腹を割って話すことです」
そして、こう釘を刺してきました。
「ただひとつ、注意事項があります。社員が意見を言い終わるまで、一切口を差し挟まないでください。否定もしないでください。本音を言ってもらうためです」(続く)