「儲かるから」という悪魔のささやき
何度か、「儲かるから」という言葉に惑わされ、手を出し、失敗したことがあります。
当初、人材募集広告事業の代理店として会社を設立しましたが、バブル・ショックから立ち直り、さあこれからという時に、私は人材紹介事業で成功していた知人に会いました。
人材紹介事業は、求職者を企業に紹介し、成立すると、企業側から紹介料をいただくというビジネスモデルです。
人材募集広告事業も人材紹介事業も、「人材採用」という点では目的は同じです。それなら、と私は人材紹介事業も手がけることにしたのです。
事業拡大——聞こえはいいですが、実は「儲かるから」というのが私の本心でした。
知人の話によると、求人広告の利益と人材紹介の利益には大きな差があったのです。悪魔のささやきです。
もちろん、その知人が悪いわけではありません。
私の中にいた悪魔がささやいたのです。
欲張って事業拡大したら、「24時間戦えますか」になってしまった
ところが、実際手がけてみると、大変な事業であることが分かりました。
人材紹介業の場合、求職者のカウンセリング業務が必要になります。
そして、このカウンセリング業務が、事業の成否を決めると言っても過言ではありません。
私の会社を訪ねてくる登録者の半分以上は就業中の人たち。
必然的に、面談するのは、平日の夕方以降、及び土日祝でした。
代理店業務は平日夕方まで、土日祝は休みです。
私一人が兼務でやっていましたから、休みなしの夜まで勤務というスタイルにならざるを得なくなりました。
もうひとつ。カウンセリング業務は、メンタルが強くなくてはできません。
転職希望者の悩みを聞き、適切なアドバイスを加えながら、適材適所の企業を紹介する仕事です。
たくさんの悩みを聞いているうちに、その悩みのマイナスパワーを吸収し、うつ状態になることもあります。
また、企業とのマッチングがうまくいかない人とは、何度も顔を合わせることになります。
私の心身は、日に日に衰えていきました。
人材募集広告事業は外科医、人材紹介事業は精神科医
同じ医療に携わる担当医でも、外科医と精神科医では、役割も仕事の中身も全く違います。
考えてみれば、企業側に人材募集広告を営業する代理店業務は外科医、求職者のカウンセリングを柱とする人材紹介業務は精神科医に例えられます。
大手の人材紹介会社は、企業側と求職者側の担当を分けているところがほとんどです。
本質的に、仕事の中身が違うからです。
私は、その外科医と精神科医を両方兼務したわけですから、たまりません。
(このままでは、両事業とも共倒れになる・・・どうしよう)
私は1年で、人材紹介事業を二つ目の柱にすることをあきらめました。
企業側が必要な時、必要な人を探して紹介するに留めることにしたのです。
あのまま進めていたら、本業の方もしぼみ、会社が消滅していたかもしれません。
会社をつぶす社長の共通点は、儲けに走り、現実を見ないことです。
それを私は身をもって知ったのです。
会社は利益を上げて存続していくものです。
でも、そこに、なぜこの事業をやるのかという目的と、やるならしっかり事前準備をという段取りが欠けていたら、うまくいくものもうまくいきません。
儲かるという「お金」に視点が先行し過ぎると火傷をします。
起業するなら、まずは目的と段取り、それを念頭に置きましょう。
◇自著「失敗しない起業の法則37」