短編小説『言霊の威力』

twins-brother

言葉の大切さを、短編小説仕立てで書いてみました。
読んでもらえたらうれしいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の前には2人の男がいる。

ひとりはミチオ。ひとりはワタル。
顔は似ているが、ミチオの方は肌に張りがあり、色つやもいい。
目はくっきりしていて、笑顔も実にさわやかだ。

一方、ワタルの方は肌が浅黒く、額に深いシワが刻まれ、目もたるみ、見るからに不健康そのものだった。

どちらも62歳というが、ミチオの方は50代、ワタルの方は70代に見えた。

突然訪問してきた2人の男。
私は、かつてどこかで出会ったような妙ななつかしさを感じていた。

「私たち、双子なんです」

ミチオは笑顔だった。
ワタルはうつむき加減に、無表情ながら一瞬うなずいた。

「私はアナタに2回救われて、人生を豊かに過ごすことができています」
ミチオが挨拶から本題に移ったようだった。

「1回目は20代半ばの頃でした。上司から会社のプロジェクトを任されたものの、ある時頓挫してしまった。周りのメンバーをなかなか巻き込めず、悩んでいたんです。その時、アナタから言われたひと言に救われたのです」

私の頭の中に過去の映像が浮かび上がってきた。

ミチオは、私がサラリーマン時代の後輩だったのだ。

「『君の本気は人を動かすよ』そうアドバイスしていただいたんです。私はその言葉で奮起し、メンバーを束ねることができた。アナタは言ってくれた。人をまとめるのがリーダーじゃない。一人ひとりの個性を束ねるのがリーダーだと」

私は鮮明に思い出した。

前島ミチオ。彼はそのプロジェクトで大成功をおさめた、そして、数年後に起業して飛び立っていった。

「そういえば、もう一度・・・」
私が言いかけると、

「そうなんです。思い出されたようですね。うれしいです。起業後しばらくして会社が危機に陥りました。その時もあなたに会いに行きました。それが2回目の救いになったのです」

ミチオは、待てないとでも言うように、一気に話し出した。

「その時、アナタにこう言われました。『君は本気じゃない』と。はっきり言って殴ってやろうかと思いました。こんなにがんばっているのに・・・」

ミチオはひと息ついた。
事前に用意していたコーヒーを口に含み、ゴクリと飲み込んでから話を続けた。

「サラリーマン時代は感動の勇気をもらったのに、今度はなぜ苦言を言われなくちゃいけないのかと腹が立ちました」

確かにそうだったと、私はミチオの話にうなずいた。

「でも、アナタの次の言葉で目が覚めた。顧客や仕入れ先に頭を下げて入金を速め、出金を遅くしてもらう努力はしたか。銀行には交渉したかと・・・私は確かに本気じゃなかった。おかげさまで、危機を乗り越えることができました」

(ミチオは私の言葉を、本気で自分のものにしたんだ)

私の中に感動が広がっていった。

「今日はその感謝を伝えるために伺いました。それと、もうひとつ訪問の理由があります。兄弟のワタルにひと言アドバイスをいただけないかと。ワタルは仕事も私生活もずっとうまくいかず、60歳を超え、これからどうしようかと途方に暮れているんです。ひと言いただけませんか?」

ワタルに目を向けると、彼はうつむき加減の姿勢を崩さず、目をしきりに手で拭っていた。

双子の兄弟の人生との差の大きさを自覚し、自分の境遇に涙したのだろう。

「ワタル君、君にも何か人生を変えるきっかけはあったんだよね?」
私は質問してみることにした。その答えの中に、これからのワタルの復活のヒントがあるような気がして。

ワタルは意を決したように、顔を上げて私の目を直視した。

「私もアナタにアドバイスをもらったんですよ」
顔には憎しみの影が漂っていた。

「1回目は20代半ばの頃でした。上司から会社のプロジェクトを任されたものの、ある時頓挫してしまった。周りのメンバーをなかなか巻き込めず、悩んでいたんです。その時、アナタからこう言われた」

嫌な予感がした。

「『君が本気を出せば人は動くよ』と。私はその言葉でさらに落ち込んだんですよ。あんなにがんばってきたのに、自分は今まで本気じゃなかったんだと言われているようで。私は上司にお願いしてプロジェクトリーダーを解任してもらいました。もちろん、あなたのせいにする気はありません。でも、あの時から運の巡りが悪くなりました」

ワタルの息が荒くなってきた。

「2回目もそうです。何とか起業してみたものの、やはりうまくいかなくて、もう一度だけアナタに会いに来ました。」

「その時、アナタにこう言われました。『もっと本気だったらいいのに』と。あっ、あの時と同じだと思いました。今度はもっと突き放された、他人事のような感想に聞こえました。もういい!そう思って帰るしかありませんでした」

ワタルは席を立とうとしました。

ミチオはそれを押し止め、ワタルに向かってこう言い放ちました。

「ワタル、先輩は同じことを言っていた。ワタルの受け取り方に問題があったんだよ」

                ◇

私は目が覚めた。

目の前から2人の男は消えていた。
でも、2人とのやり取りは、起きてなお鮮明に覚えていた。

言葉の中身は同じなのに、言い方ひとつで伝わり方が違う。

「君の本気は人を動かすよ」「君が本気を出せば人は動くよ」
これでミチオはサラリーマン人生を切り拓き、ワタルはサラリーマン人生を投げ出した。

「君は本気じゃない」「もっと本気だったらいいのに」
これでミチオは起業後に会社を復活させ、ワタルは会社を廃業に追いやった。

言葉は魔法。言い方ひとつで人の人生を左右する。
言葉は言霊。言い方に配慮しないと、人を不幸にしてしまいかねない。

でも、待てよ!とも思った。

そんなに気をつかって言葉を選んでいては、人間関係に息が詰まって生きにくい。

だから、私はこう思い直すことにした。
言葉は人に大きな影響を与えるが、人生を生きるのはその人自身。
結局は、その人自分が生きる責任を背負っているのだと。

ただ今回の夢で、ひとつ奥深い真理を得ることができた。

言葉は、勇気づける言葉であっても、苦言であっても、その人を想う真心から発信すればいいということ。
中途半端じゃいけない。

それが今は最適解だなと思い、私は自分にうなずいていた。

(もう一度夢でワタルに会えたなら、こう言ってあげよう。「君の本気は人生を変えるよ」)

まばゆい陽光を肌に感じる春だからこそ見た、言霊の夢だったのかもしれない。

(了)