「現在価値+将来利益5年分、社員・顧客価値を含めたのれん代、合せて、〇〇〇でどうだろう」
私は、根拠を示し、売却額を提示しました。
「それは、どうかな?」
Hの顧問税理士がまず反応してきました。
「こちらでも試算したのですが、結構ギャップがあるようです」
1回の金額交渉で妥協してはいけない。
根拠を聞いてみると、相手方は、あくまでも現在価値をベースに試算しているようでした。
売却側は高く、買収側は低く提示する――これは交渉の基本。
「・・・今は、この金額でお考え下さい、としか言えません」
あくまでも対等に――私は、隣りに控えるY顧問税理士の言葉を糧に、その場に意識を集中させていました。
第1回目で金額を丸めるのは、買い手に主導権を渡すことになり、自社の価値への思いが、薄っぺらいものに映ってしまう・・・私はそうしたくはありませんでした。
交渉の技術というより、それが私の本音だったのです。
「私は長年、顧問税理士として、おつきあいしてきましたが、現在の顧問先の企業の中で一番価値の高い会社です。嘘偽りはありません」
Yが援護射撃してくれました。
「2社がひとつになれば、大きな価値を生むことは、お互い分かっているから、少しじっくり考えさせてくれ」
1回目の交渉は、Hの言葉で終了となりました。
交渉期間は3カ月。長引くようなら決裂も覚悟。
会社の将来価値を乗せるか、乗せるとしたらどれぐらい乗せるか――H側に考慮してもらいたいのは、そこでした。
もし、乗せないという結論なら、決裂も覚悟しなければいけませんでした・・・。
結果は、そうなりませんでした。
第1回目の交渉で売却額の提示をしてから、さらに2か月半の時を要し、私とHとの間に、基本合意が交わされました。
(長かった)
正直な気持ちでした、
途中、Hからの何度かの金額提示に、妥協しそうになった時もありましたが、その都度、Y顧問税理士が励ましてくれました。
「会社は大事な子供ですよ」
私は、基本合意締結まで、3か月と決め、金額交渉次第でしたが、決裂したらそれまで、と考えるようにしていました。
結果、3か月以内で基本合意に至ったわけです。
人材と顧客の価値。実感してもらうための2つの方法。
その間、私はただ待っていたわけではありませんでした。
論点はひとつ。
将来価値をどれだけ評価してくれるかでした。
そのために、私は2つのことを実行しました。
●ひとつは、お互いの幹部と食事会を実施したこと。
社員という人材価値を膚で感じてもらいたかったからです。
これは、むしろ私にとってプラスに働きました。
H社の幹部の一人に、「社長に長年ついてきた理由は?」と聞くと、
「入社したての頃のことです。あるトラブルで、社長に同行してもらった時、僕の隣で、ずっと謝罪してくれたんです。
もうあんなことはさせたくない、一生ついていこうと思ったんです」
幹部の純真さに触れた瞬間でした。
(いい幹部社員がいるんだ)
●二つ目は、当社の大手取引先10社の取引データを提示したこと。
顧客資産を評価してほしかったからです。
その中の2社は、上場した時に株を購入し、2社とも2倍以上の株価になっていることを強調しました。
そんな活動を通して、Hと先方の顧問税理士は、当社の将来価値を評価してくれたようでした。
合意金額は、私の提示額の約8割で着地しました。
基本合意成立。
Hとの「仮に・・・」の話から、既に6か月半が経過していました。
私は、次に会うまでに、契約書をこちら側で作ることを提案。
Hも、それに合意してくれました。
☆こちらに続く↓